白井京月の読書ノート

2009年から2014年の読書メモ

ザ・ニューリッチ

ザ・ニューリッチ―アメリカ新富裕層の知られざる実態

ザ・ニューリッチ―アメリカ新富裕層の知られざる実態

FRBの資料によると、アメリカには、1世帯あたり純資産が1億ドルから10億ドルの、アッパー・リッチスタン(*1)が約数千世帯。同じく1000万ドルから1億ドルのミドル・リッチスタンが200万世帯以上、そして同じく100万から1000万ドルのロウアー・リッチスタンが約750万世帯ある。(2003年)筆者、ロバート・フランクはこの数字に驚いた。なんと、1995年以降、各層のリッチスタンが倍増していたからだ。そこで彼は一年をかけて国じゅうを旅し、興味深い新富裕層(ミドル以上)に対する取材を行った。そうして生まれたのが本書である。新富裕層というと、アナリストや資産運用マネージャーを想像しがちだが、彼らはどちらかと言えばロウアー・リッチスタンだと言う。ミドル以上は、圧倒的に起業家であり企業オーナーなのだ。一財産築くなら、会社を興して売却するのが一番確実らしい。
もっとも、本書はリッチスタン人になるための方法を示した本ではない。彼らの暮らしや考え方そして趣味、さらには社会的影響力などを、観念論ではなくドキュメンタリーで描きだしている。アメリカで「現代の執事」は何故人気職業であり、彼らは何をしているのか。ニューリーッチを生みだした背景。(それは、新技術、投機市場、政府の政策である)ニューリッチの起業はどのような分野で成功しているのか。(多くはハイテクではないということ)。ニューリッチの暮らしはどのようなものか。ニューリッチから転落した事例。社交界での新旧富裕層の対立の様子。ニューリッチの消費傾向や慈善活動。さらには、政治的影響力(リベラル派の黒幕)といったところまで、すべてが実名と実話で示される。
彼らの多くは社会起業家である。社会起業家の定義は難しいが、利益追求ではなく、社会貢献を主目的とした起業家といったところだろう。アメリカの社会起業家には中産階級の出身者が多い。そして、その価値観は事業が成功しても変わることはない。消費は旧富裕層にくらべて格段に派手だ。自家用ジェットがブームだ。彼らにとって消費は美徳である。慈善活動にも熱心な人が多い。
フィリップ・バーバーという社会起業家がいる。彼は「社会投資家であれ」という持論を持ち、それを実践した。2001年以降、彼はエチオピアに1600万ドル以上の資本を投じ、1657の井戸を掘って89万人に清潔な水をもたらした。また、190の学校を設立して11万人以上の生徒を教育した。さらには診療所の設立等も行っている。そんな彼の自慢は、その投資効率の高さである。従来の大手慈善団体の効率の悪さをニューリッチは批判する。そして、このような形での慈善事業がブームとなっているのである。このような投資のスタイルは政治にも及ぶ。つまり、直接関わる道を彼らは選ぶ。
さて、(*1)のリッチスタンというのは、アメリカの中に富裕層という別の国家がある、といった概念(造語)である。本書の原題は"Richistan"だ。アメリカで刊行されたのが2007年なので、その後、ニューリッチに変化があったのか無かったのかは分からない。
アメリカ人は、このような格差の拡大に寛容だと筆者は言う。自由は重要だし、自分にもチャンスはあると考えているからだと。本当だろうか?
本書には、アメリカの社会、文化の実相が濃密に描かれている。それは、アメリカ在住のノマドやエリート達には常識なのかもしれない。ならば、私たちもその常識を共有しておく必要がある。本書は、ビジネスにも、経済学にも、社会学にも分類可能な本だ。少し迷ったが、とりあえずビジネスに分類しておいた。
さて、日本がこのような形でアメリカ化するとは私は思わない。日本には日本の道がある。それを考えるのは、一人一人の国民だということを自覚しなければいけない。今の日本は岐路というよりも混沌の中にある。そして、この混沌は長期化するだろう。そして、一番大きな変化は日本人の心理構造なのだと考える。日本人が多様性に寛容になるのか、なれないのか。私はこの点に注目している。