白井京月の読書ノート

2009年から2014年の読書メモ

パラダイス鎖国

パラダイス鎖国 忘れられた大国・日本 (アスキー新書 54)

パラダイス鎖国 忘れられた大国・日本 (アスキー新書 54)

本書は、シリコンバレー在住のコンサルタント海部美知氏、初の著書だ。「パラダイス鎖国」。聞き慣れない言葉だが、これは、現在の日本の状態、つまり、「住み心地の良い自国に自発的に閉じこもる」ことをいうそうだ。筆者はこの本を、政府の政策や経営トップの戦略に対する意見ではなく、普通の日本人に何ができるのか、という視点で書いたと述べている。その背後には、現在の「パラダイス鎖国」状態に対する危機感があるのだ。
第1章、第2章は、筆者の生きた時代−主に80年代以降の日本経済の動向に対する分析が主な内容だ。日本とはどういう国なのかを経済という面から、調査し、実証的に説明している。日本が実はいわれるほど輸出大国ではなく、国内市場が極めて大きいこと、財政赤字、累積債務、政府部門の効率の悪さが際だった問題であること等、問題点が次々と整理される。そして、第3章で、具体的な可能性として。日本にはどのような針路が考えられるかが述べられる。この部分は、本書を読んで考えてもらいたいところだ。
ここでは少しだけ、国際比較における面白い数字を紹介しておこう。一人当たりGDPの高い国の人口がどうなっているのか。ルクセンブルク46万人、アイスランド30万人、ノルウェー474万人、スウエェーデン901万人、フィンランド、524万人、スイス745万人。また、大企業売上高のGDP比では、ルクセンブルクの鉄鋼会社アルセローミ・ミッタルは何と80%、フィンランドノキアは27%だ。これに対し日本のトヨタは4.5%、アメリカのウォールマートは2.8%である。日本という国は、「大きいがゆえの悩み」を抱えているのだ。
では、いったい「個人」は、普通の人々は何をどうするべきなのか。筆者は、「内なる黒船たち」に期待を寄せる。日本が変わるには、もはや外圧には頼れない。抽象的な言い方になるが、変人(異質なもの)たち=「内なる黒船」が創造的に出会うことが重要だと筆者は言う。
一方で、私には筆者が日本の格差問題の現状を捉えられていないようにも思う。次のような一節がある。「しかし、豊かになった日本では、既定ルートを外れることが必ずしも「破滅」を意味しないだけの余裕が、実はできている。以前に比べれば、転職市場も大きくなっており、夫婦共働きならば、お互いにリスクヘッジできる。(P.115)」これは、実はアッパー層にしか言えない科白なのではないかとも思うのだが、いかがだろう。
本書で示され見解についての意見は多様だろう。内なる黒船の技法を学んだという人もいれば、パラダイス鎖国で良いという人がいても良い。また、古いタイプのモーレツ社員のまま突き進む人もいる。ただ、筆者が指摘するように、多様性を受け入れなければ日本経済に未来がないことは明らかだ。本書では雇用慣行の問題や、企業戦略についても触れられている。その意味ではやはり、政府の政策に携わる人や、経営者にも読んでもらいたい示唆に富んだ本なのだ。
最後に、氏のブログを紹介しておく。"Tech Mom from Silicon Valley"http://d.hatena.ne.jp/michikaifu/
いずれにしても、多様性に対して寛容であること。これは決定的に重要だ。