白井京月の読書ノート

2009年から2014年の読書メモ

行動経済学

行動経済学 経済は「感情」で動いている (光文社新書)

行動経済学 経済は「感情」で動いている (光文社新書)

行動経済学は、従来の経済学が前提としていた経済人(すべての情報に対して経済的に合理的な行動をする人)という考え方に無理があることを科学的に示し、人間行動の背後にある、心理的、社会的、文化的な諸要素を整理して、人間の経済行動を解明しようとする新しい学問である。行動経済学の最大の立役者であるダニエル・カーネマンは、2002年にノーベル経済学賞を受賞している。本書は、行動経済学の基礎を広く紹介する本であるが、単なる入門書ではないと筆者は言う。行動経済学という構築物の基礎=土台としての役割を持つ書物なのだと。この本は、数学と経済学が好きな人にとっては、たまらなくエキサイティングな本だろう。
さて、エントリのタイトルを「経済学と公正」としたのは、人間の特性である参照点依存性と現状維持バイアスにより、何が公正なのかがアンケートから求められている点に着目したかったからだ。例として、時給9ドルの従業員の給与を経営不振により7ドルに下げることには不公正とする意見が多く、辞めた従業員の代わりの従業員の時給を7ドルにするのは受け入れられるとする意見が多い。本書では類似の質問と、それに対するアンケート結果が次々と示されて行く。そして、公正が「参照点」とそこからの移動に大きく依存するものだと結論する。要するに「人々の公正感覚」とは、単純な経済合理性を超えたところに存在するということだ。同様に、分配と再分配に関しても質問と回答結果についての解説がある。もっとも筆者自身、公正感に関する行動経済学的研究は、まだ十分に成果が上がっていないと述べているのだが、ここでも、参照点依存性と損出回避性が重要となってくる。
専門的に言えば、従来の期待効用理論に代わってプロスペクト理論(価値理論)が重要になってくる。この価値関数(p.115)の特徴の第1が「参照点依存性」であり、第2の特徴が「感応度逓減性」、第3の特徴が「損出回避性」にあるということは記憶しておかなければいけない。そして、損出回避性がもたらす影響が「保有効果」であり「現状維持バイアス」である。
各人の感覚は多様である。それは、地域や文化によっても大きく異なる。公正であることが望ましいという点では概ね一致していても、何が公正かという点についてはなかなか一致しない。ロールズの「正義論」なども、行動経済学から見ると異端であり、極論だと言うことになりそうだ。誰が公正を決めるのか。それは、結局のところ「民主主義」でしかないのだと思う。そして、それが国家的民主主義になるのか、グローバルな民主主義になるのかについては、ジャック・アタリの予言(21世紀の歴史)が役に立ちそうだ。要は多極化したグローバルな民主主義へと向かうのだろう。また、公正とは実現すべき目標というよりも、向かうべき針路なのだと思う。なぜならば、完全な公正などという状況はあり得ないのだし、多様性の意義も考慮しなければいけないのだから。
筆者は言う。現代の企業は「行動経済学」を理解し、単に合理的な行動をするのではなく、一般市民の感覚に反しない行動をとらなければいけない。また、私たちも「行動経済学」を学び、数学的な錯覚を正すとともに、視野を広く持たなければならないと言えよう。