白井京月の読書ノート

2009年から2014年の読書メモ

海辺のカフカ

海辺のカフカ (上) (新潮文庫)

海辺のカフカ (上) (新潮文庫)

海辺のカフカ (下) (新潮文庫)

海辺のカフカ (下) (新潮文庫)

ある人は、これこそが村上春樹の最高傑作だという。確かに面白かった。父に不思議な呪いをかけられたカフカ少年の戦いと宿命。登場人物の誰もに厚みがある。音楽、映画、哲学に関する教養。緻密に設計された物語の構成。散りばめられたアフォリズム。作者の世界観が見事に小説に反映されているかのようだ。
電気が普及することで、人は闇(夜)の世界を忘れてしまったのだと言う。昔、闇の世界は当然のこととして日常の中にあった。しかし、現代文明はまるで闇の世界を切り捨ててしまったかのようだ。
この小説の中では、光の世界と闇の世界が絶妙に行き交う。文字の読めない老人、ナカタさんと星野青年との不思議な旅。空から魚やヒルを降らせる超越的な力。その源泉は戦時中のある出来事なのだろうか。
カフカ少年はギリギリのところで現実世界に戻ってくる。佐伯さんは本当に母親だったのか。それは仮説として否定されない状態のまま放置される。
それにしても父の呪い、父を殺し母とそして姉と交わるという呪いはどこから生じたのか。狂気とも不条理とも言える呪いを、なぜ息子に語ったのか。あるいは、この呪いの存在こそが世界という奴の本質なのだろうか。世界への絶望と愛着。複雑な感情の中で人は精一杯生きる。世界と戦いながら生きる。
世界には闇があり、それは必要なのだ。この小説はきっとそういう世界を生き抜く力を与えてくれるに違いない。