白井京月の読書ノート

2009年から2014年の読書メモ

人類との非連帯

不滅 (集英社文庫)

不滅 (集英社文庫)

ミラン・クンデラの作品番号7「不滅」。1990年に刊行された長編小説だ。不滅とは歴史に名を残すこと。現代を主な舞台としながら、その変奏としてゲーテの生きた時代や、冥界でのゲーテヘミングウェイの対話など、構成は凝りに凝っている。
主人公は、アニェスという主婦だ。このアニェスには対照的な性格を持つ妹のローラがいる。アニェスは厭世的でもあり、世俗を見下している。いや、とても嫌っているというべきだろう。本書では、「人類との非連帯。そう、それが彼女だ。」という一文がある。孤独の喜びを知る女性。それでいて弁護士の夫もいれば、娘もいる。それがアニェスだ。
第1部の「顏」では作者自身が登場し、この物語を書くきっかけになった、ある婦人の仕草について語り始める。第一部はアニェスについて書かれている。
第2部の「不滅」では、ゲーテとベッティーナが登場する。不滅への意思。不滅とは何なのかということが歴史的に語られる。
第3部の「闘い」は、これだけで一つの小説と言ってもおかしくない。現代という時代の特殊性が鋭く抉られている。その中で登場人物の個性が際立ち、いろいろな出来事が起こる。
第4部の「ホモ・センチメンタリス」は芸術論と言えるだろう。第5部の偶然は物語の核心部分だ。アニェスの考える幸福とは何だったのか、自我を持つことの本質的な苦しみ、物語は急展開する。
第6部の「文字盤」はエロスについてと言っても良い。ある男の性の遍歴の物語だ。
第7部の「祝宴」とは何か。これはまさに、この小説を書き終えたことに対する祝宴だ。この小説は、古き一時代の、つまり世界には完成があるという観念の終焉を示す記念碑だと自画自賛しているわけだ。
私がこの本を読んだのは、ある読書会の課題図書だったからだ。そうでなければ、これだけの長編を読み終えていなかったかもしれない。読書会では、アニェスは人気がなかった。私としては、個人的に共感できる登場人物がアニェスだけだったので意外だった。今の時代でうまく生きて行けるのは妹のローラの方だと誰もが言った。
クンデラの問題意識は、現代において「人間的である」とはどういうことかにあった。そして、この作品は非人間的な崇高さを持つ芸術に対する異議申し立てでもある。長編の中に散りばめられているのは思考の断片だ。これは、ある種の哲学書なのかもしれない。