白井京月の読書ノート

2009年から2014年の読書メモ

アニマルスピリット

アニマルスピリット

アニマルスピリット

今年、話題の経済書である。アニマルスピリット。良いタイトルだ。この言葉を経済学用語にしたのはケインズであり、「一般理論」での日本語訳は「血気」だ。流石に「血気」というタイトルではベストセラーにならなかっただろう。アニマルスピリットの意味するところは、合理的でない行動であり、曖昧さや不確実さに対峙したときの独特の行動傾向だ。それは、正常な感覚を麻痺させることもあるし、活力になることもあるという。
さて、本書は、アニマルスピリットに関する5つのポイントを論じている。
■1 安心とその乗数
   乗数効果についての説明を発展させ、経済には社会的安心が重要だと説く。これは、経済学で論証する以前に一般人の感覚に沿ったものだろう。そして、安心がいきなり下がった場合に消失した信用をどうするべきかについての説明が示される。
■2 公平さ
   公平さに関する論文は膨大にあるものの、現在の経済学の中では「裏部屋」に置かれていると筆者は指摘する。しかし、何が公平なのかは経済学にとって重要な問題なのだ。ここで紹介されているのは、行動経済学的アプローチだ。つまり、人は何を公平と感じるかというアンケートの結果から理論を導くのである。そこには哲学的な命題など何もない。これが、現在の経済学における公平研究の主流となっているということである。
■3 腐敗と背信
   2007年までの不景気を概観したうえで、あたりまえだが面白い結論を導き出している。
   「新手の腐敗や背信行為がときどき生じてくるのはなぜか? 答えの一部は、そうした行動への罰則に対する認識が時代とともに変化するということだ。(中略)文化的な変化は定量化しにくいし、経済学の範囲外となるので、経済学者は滅多にそれを経済的な変動と結びつけようとしない。でもやるべきだ。」(P.36,37)
■4 貨幣錯覚
   貨幣錯覚とは物価が上がり続けるということを無視して、所得などの名目価値に注目してしまうことをいう。現代の経済学の多くは、この貨幣錯覚を無視しているという点に大きな問題を抱えていると指摘する。
■5 物語
   経済学者として、物語に基づいて分析を行うのは専門家らしくないとされているらしい。しかし、筆者は言う。「だがその物語自体が市場を動かしていたらどうだろうか。」と。

国民やその他集団の抱く安心感は物語を核として動く傾向がある。特に重要なのは新時代の物語、経済をまったく新しい時代へと突き動かすはずの、歴史的変化を述べたとされる物語だ。シラーの『投機バブル 根拠なき熱狂』は、インターネット(一般利用可能になったのは1994年)の発明と活用の物語が、1990年代半ばから2000年の株式市場高騰を生み出すのにいかに重要だったかを詳述している。そしてその株式市場高騰は、経済全体の好況を生み出した。インターネットは確かに重要な技術だった。それが特に顕著になったのは、それが人々の日常生活に入り込んでからだ。(P.81)

最近の傾向として、ノーベル経済学賞が純粋な経済学分野だけでなく、多様な分野から選ばれているということは前にも書いた。主流派経済学だけではなく、多様な経済学が存在することも前に書いた。特に私が関心を持っているのは「進化経済学」だ。定義すら定まらない新しい分野なのだが、この本に登場した「物語」というキーワード、概念は進化経済学の範疇にあるとも言える。
私たちの未来に、どのような物語が待ち受けているのか。そこには政治的、文化的要因以上に、技術的要因が重要になると私は考えている。
また一方で、経済学という「小さい学問の理論」は、その宿命として政治というビジネスの道具として利用されやすいということも心得ておかなければならないだろう。理論を謳った情緒的な主張や表現には、特に注意が必要だ。