白井京月の読書ノート

2009年から2014年の読書メモ

パラダイムの魔力

パラダイムの魔力

パラダイムの魔力

パラダイムについての誤解
パラダイム・シフトだって?そう言えば20年ほど前にブームだった言葉だね。あんなものは役に立たないさ。所詮、天才による偶然でしかないんだ。うちの会社には関係ないよ。そんな事を考える時間があれば、現実の問題にうまく対応することを考えた方がましだね」パラダイムを、そんな風に考えている経営者は実際に少なくないだろう。確かに、現実の問題に対応することは重要である。しかし、同時に未来を予見し、機会を発見し、問題を回避しておくことも等しく重要だ。いや、本書の筆者であるバーカーも、ドラッカーの「乱気流時代の経営」を引いて、むしろ後者が、すなわち「先見性」の方が重要だと述べている。
さて、パラダイムとは何だろうか。筆者はパラダイムの森」パラダイムの木」という喩えを用いる。パラダイムの森とは、文化や世界観、組織や企業といった、パラダイムの木の集合だと説明する。そして、注目すべきは、森ではなく木であり、そこにおけるルールと規範をパラダイムと定義する。こう定義すると、身の周りはパラダイムに溢れていることがわかる。パラダイム・シフトは木に於いて起こる。木を見て森を見ずという言葉とは逆に、森の中に入って木を見ることが重要なのだ。
マーケティングパラダイム
科学のパラダイムとは異なり、マーケティングパラダイムは数年間で次々と消えて行く。そして、新しいパラダイムが次々と生まれて来る。現実に、パラダイムを変える人になることは難しいかもしれない。そこで筆者は、パラダイムを変える人を発見し、新しいパラダイムの開拓者となる方法を提示する。パラダイムの開拓者になるのに必要なこと。それは直観力と勇気だと言う。いい加減な説明のようだが真理だろう。なぜならば、開拓者はデータを持たないのであり、説明することが難しいからだ。
1982年のベストセラー「メガトレンド」の中でも、パラダイム・シフトの重要性、影響力の大きさが強調されていた。しかし、それ以降、その予想を遥かに超えるパラダイム・シフトが現実に起こっている。バーカーは、もはやトレンドを追っていたのでは遅いと指摘する。そうではなく、変化のきっかけを理解することが重要なのだと。つまり、マーケッターはルールをいじりはじめた人に注目するべきなのだ。
■戦略的探検の要素
筆者は戦略的探検の要素として「影響の理解力」「拡散的思考力」「収斂的思考力」「地図作成能力」「表現力」の5つを挙げている。そして、本書で示したのはこのうちに「影響の理解力」のみだとする。具体的に言えば、拡散的思考力とは、二つ以上の正しい答えを見つけ出す能力だ。収斂的思考力とは、データを整理し、選択の優先順位をつける能力を言う。地図作成能力とは現在から将来への道筋を示す能力であり、表現力とは、探検の中で発見したものを、言葉や図形やモデルで示す能力を言う。なぜ、戦略的探検が必要なのかは言うまでもない。この経験こそが、先見性の源泉となり得るからだ。
パラダイム・シフトの時代
筆者バーカーは、現代を「パラダイム・シフトの時代」と呼ぶ。それは必ずしも薔薇色の時代ではないだろう。逆に、大きなリスクを背負った時代だといえるかもしれない。本書は、示唆に富んだ五つの名言と、一つの逸話で締められている。これから10年の間に、車が見通しのきかないカーブにさしかかかる可能性は極めて高いことを筆者は示唆する。それは、個人においても、組織においても、あるいは社会においても、同様だろう。その時にこそ、パラダイムを問う力が必要になる。そして、先見力を磨く方法はただ一つ、戦略的探検という経験から学ぶことだ。もっとも、それとて万全とは言えないのだろうが。