白井京月の読書ノート

2009年から2014年の読書メモ

日本はなぜ貧しい人が多いのか

新潮選書 日本はなぜ貧しい人が多いのか 「意外な事実」の経済学

新潮選書 日本はなぜ貧しい人が多いのか 「意外な事実」の経済学

筆者の原田泰氏は大和総研のチーフエコノミストである。この本は、巷に流布する通説を、事実=データから検討しなおし、いかに通説が誤りだらけであるかということを科学的に論じたものだ。議論は、格差、年金、少子高齢化、国際競争力、少年犯罪、ゆとり教育、世界はいつ不平等になったのか、日本の社会保障制度の問題点、中央銀行は何をするべきか、等等だ。本書が、それらの要約なのだから、これはもう読んでいただくしかないだろう。

 第1章 日本は大丈夫なのか
 第2章 格差の何が問題なのか
 第3章 人口減少は怖いのか
 第4章 世界に開かれることは厄介なのか
 第5章 経済の現状をどう見れば良いのか
 第6章 政府と中央銀行は何をしたら良いのか

各章の末尾にある要約をさらに要約しよう。
1.若者が刹那的になっていることを示すデータはない。ただ、教育は劣化している。政治家が劣化していると思うのは、人々の要求水準が上がったためではなかろうか。日本はまだまだ大丈夫だ。
2.格差が問題になるのは、次の二つの場合である。
  a.一部の人々の富が増大する中で、社会全体の富を破壊する場合。(例:世界金融危機
  b.貧困層の拡大。日本の政策は立ち遅れている。生活保護以下の世帯が13%もある。
3.人口減少は怖くないが、高齢化は怖い。今の日本の制度は高齢者が優遇され過ぎている。
4.輸入の拡大は人口の減少する日本にとって朗報であり、生産性を引き上げて、成長率を高める方策である。
5.90年代前後に金融政策を誤っていなければ、日本は世界一豊かな国になっていただろう。
6.破綻しそうな銀行に税金で資本を補えば経済が回復するという議論は怪し過ぎる。

第一次世界大戦前は、人口が増加する国ほど豊かになった。しかし、現在は違う。むしろ小さな国ほど豊かな国になっている。そう考えると、人口は減っても問題は無い。問題は高齢化(高齢者優遇の現行制度)、さらには立ち遅れた社会保障制度にあるということが分かる。
筆者はインフレ・ターゲット論者だ。日本経済の大停滞の原因は、すべて90年代の金融政策の失敗にあるかのように書いているが、それだけではないだろう。
いずれにしても、事実を提示し、そこから科学的に推論して行くことが重要なことは言うまでもない。マスメディアは簡単にレッテルを貼りイメージで悪者を作り上げる。もっとも、ここ数年、マスメディアの信用の失墜は著しい。これからのメディアがどうなるかについては、「2030年メディアのかたち」坪田知己著、講談社、2009、が参考になると思う。
それにしても、社会、経済の変化のスピードが速くなってきた。週刊誌の記事など、3日もたてば陳腐化ないし逆転していることがよくある。かと言って、新しい情報を追いかけるだけでも得るものは少ない。
重要なのは、基軸を明確にすることであるとともに、状況に応じて基軸を捨てる勇気なのではないだろうか。言い換えれば、執着と豹変を併せ持つということ。いや、これは難しい。