白井京月の読書ノート

2009年から2014年の読書メモ

ゲイツとバフェット新しい資本主義を語る

ゲイツとバフェット 新しい資本主義を語る

ゲイツとバフェット 新しい資本主義を語る

基本的なスタンスとして、私は書評対象の本に対してネガティブな評価をしないことにしている。すべての本をポジティブに評価するということではない。ネガティブな評価をした本は、ブログで取り上げないと決めているのだ。また、要約してまとめをつけるなどというのも、書評とは言えないし、反則だと思う。営業を妨害するようなことはしたくないし、するべきではない。
さて、ゲイツとバフェットについては紹介するまでもないだろう。もちろん、ビル・ゲイツ(1955−)と、ウォーレン・バフェット(1930−)のことだ。本書は、第1部が2008年1月のダボス会議でのゲイツのスピーチとその要点。第2部がゲイツとバフェットの対談。そして、61ページ以降の第3部が、経済の賢人(本書の表現通り)39人の見解となる。39人の中には、サマーズやライシュと言った大物から一大学院生までいる。その顔ぶれは実に多様だ。
エントリのタイトルにある「創造的資本主義」(Creative Capitalism)というのは、ビル・ゲイツの造語だ。その意味するところは極めて単純である。人間には、利益を追い求める力と、他人を思いやる力がある。今の資本主義は利益を追い求めるシステムとしては優れているが、他人を思いやる力が欠けている。それを満たすためには、市場に基づいた新しいインセンティブとしての「評価」が必要となる。「その目指すところは、利益と評価を含むインセンティブが貧しい人々の生活を変革していく、そうしたシステム設計をすることです。(p.17)」というだけで語り尽くされる。つまり、具体的な評価システムがどのようなものであるのか、については全く語られていない。ゲイツが世界有数の慈善活動家であること、おそらくは思いやりに満ちた人物であることは知っているが、創造的資本主義を提唱しながら、具体的な評価システムの絵がないというのは致命的だ。まさか、それを考えるのは、これからの私および貴方方の仕事だと言いたいのだろうか? 率直に言って、本書を経済学とビジネスのどちらに分類するか迷った。内容的に、ゲイツのスピーチは「経済学」と呼べるものではないだろう。しかし、ゲイツダボスで語ったということが、経済学以上に、政治、経済に影響力を持つという点を考慮して経済学に分類した。また、本書の価値は、むしろ第3部の識者のレポートにあるとも言えるだろう。
39人の意見から浮かび上がるのは、ミルトン・フリードマンの影響力の強さである。ハーバード大学教授のエド・グレーザーは「ミルトン・フリードマンの冷たい見解を乗り越えよう」と題するレポートを書いている。カリフォルニア大学のブラッドフォード・デロングは「フリードマンの問題は「想像力の欠如」である」と題するレポートを書いている。アメリカがいかに株主資本主義の思想の下にあるのかが浮き彫りになった形だ。もちろん、一方では「創造的資本主義が民主主義の妨げになる」とする、ライッシュの見解もある。もう一つの大きな論点は対外支援のあり方だ。ハーバード大学のマイケル・クレマーは「対外支援を受けると国は弱体化するのか?」と問う。対外支援の是非は、与える側にとっても、受ける側にとっても、いまや議論の的なのだ。私は、創造的資本主義という提言に対しては「はてな」だが、本書が世界的な経済思想に影響力を持つことを考慮するならば、一読の価値はあるものと考える。もちろん、どれを採用するかという選択ではなく、自分の頭で考えるためのヒントとして。
最後に一つ。本書でゲイツとバフェットが主張しているのは、「企業および個人は、利益とは別の目的意識と価値観を持て」ということだ。この指摘の方が、創造的資本主義よりも具体的かつ有益かもしれない。