白井京月の読書ノート

2009年から2014年の読書メモ

自分の中に毒を持て

自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間

自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間"を捨てられるか

■背景
岡本太郎(1911−1996)。芸術家。漫画家の岡本一平歌人で作家の、かの子との間に長男として生まれる。18歳でパリへ渡り寄宿舎生活。パリ大学ソルボンヌに学ぶ。バタイユに傾倒し、秘密結社に加わっていた時期もある。12年間をパリで過ごし、太平洋戦争がはじまる直前に帰国。30歳を過ぎてから日本で兵隊となり中国に出征。帰国した時には、自宅にあった作品はすべて焼失していた。

■芸術と人生、そして愛
「芸術とは爆発だ」は流行語にもなったが、この本を読むと「爆発」の意味が一般的なそれとは、かなり異なっていることが分かる。爆発とは、全身全霊が宇宙に対して無条件に開くことであり、曰く、瞬間瞬間に開かれていることが芸術なのだ。それは、無償で無条件な爆発の連続なのだ。そこには音もなければ、物も飛び散らない。宇宙に対して開かれている自然な状態。失われた人間の原点を取り戻すこと。これが芸術なのである。岡本太郎の思想では、芸術とは特定の創作活動ではなく、人生そのものなのだ。
さらに、本書で岡本は「芸術・政治・経済の3権分立」を提唱する。技術に支配され、常識に支配され、面白みを失ってしまった人間に落胆する。特に、経済人や政治家をこき落とす。本書の中で書いているだけではない。彼らを前にした講演会で、直接語ってしまうのだから凄い。それも、かなり辛辣にだ。政治と経済は必須である。しかし、そこに芸術が加わらなければいけない。これが岡本の主張である。
岡本太郎は生涯独身を貫いたが、何度も同棲したり恋愛したりというプレイボーイだった。そんな彼の愛に対する感覚もまた面白い。人間は一人では全体ではない。つまり、男と女が重なりあって、はじめて一つの全体になると考えるのである。そして、本書の中で、愛とは無償のものだ、結婚は墓場だと繰り返す。
本書の前半では、エゴイストであれ、毒を持て、常に危険な道を選択しろ、直観に従え、といった単純な人生訓が多く提示されるが、これは氏の経験から来るものであり、普通の人が真似をしても上手く行かない、という以上に真似などできないしろものだ。ただ、その中にも生きるとの核心のようなものを感じることは出来る。結局のところ、人生は長さで決まるものではない。ましてや、財産や地位で決まるものでもない。そうではなく、経験、意思決定、歓喜、といったものの量で決まるということだ。漫然とレールの上に乗って長生きするような人生に、魅力を、あるいは意味を感じるかどうかが分かれ目だということ。
実に、20年前に書かれた本なのだが、社会に漂う閉塞感の本質は変化していないようにも思われる。ただ、過激に言えば、現在の未曾有の経済危機が、この閉塞感を打破する起爆剤になるのかもしれない。もはや、安全な道など見えないのだから。