白井京月の読書ノート

2009年から2014年の読書メモ

挫折の昭和史(上・下)

「挫折」の昭和史〈上〉 (岩波現代文庫)

「挫折」の昭和史〈上〉 (岩波現代文庫)

本書は、大正から昭和初頭にかけての都市モダニズムが何処から来て何処へ行ったのかを詳細に語るノンフィクション群である。エノケンを巡る物語。報道写真家、名取洋之助の物語。慶應義塾塾長を務めた小泉信三とテニスについて。岡部平太と日本のスポーツ振興。絵師(挿絵画家)竹中英太郎。そして、石原莞爾文化人類学者、山口昌男自身、人類学の分野を踏み外した冒険の所産という本書は、膨大な史実に基づくものであり、読み応えがある。
山口昌男が論じたかったのは、これらの史実から「昭和精神史の大きな欠落部分」を埋めることだった。それが、「知のダンディズム」である。知的ダンディとは、最大限の知的エネルギーと、最も遠ざけられた話題(エロス・グロテスク・差別)を結合させることだ。山口は、この知のダンディズムの由来を、明治維新後の新秩序によって排除された江戸町民のダンディズムだと喝破する。そして、このダンディズムの精神は、自ら階層秩序に組み込まれることなく「開かれた状態」に置いておく精神に由来するという。
一方で、薩長中心の藩閥体制に飼いならされた近代日本人は、この「開かれた状態」が苦手なのだと言う。これこそが現在の閉塞感の深層にある構造的問題なのだと。
本書で取り上げたのは、近代の隊列から「横へ」足を踏み出した人物だ。知のダンディズムとは、階層秩序を離れて横へと力強く踏み出すことなのだ。それは、今はやりの言葉で言うと「ノマド化」とも言えるだろう。