白井京月の読書ノート

2009年から2014年の読書メモ

ゲシュタルト・セラピーの手引き

ゲシュタルト・セラピーの手引き

ゲシュタルト・セラピーの手引き

[ゲシュタルト療法] ブログ村キーワード
ゲシュタルト・セラピーの人間観
 ゲシュタルト・セラピー(以下、ゲシュタルト療法)は、わかりやすく言えばカウンセリングの一流派である。残念ながら、カウンセリングの分野では反主流派だが、その理由を書くことは控えよう。
 ゲシュタルト療法の特徴は、その哲学、人間観にある。現代の主流派カウンセリングは明瞭に、規範への順応、社会適応、いわゆる健常さ、といった規格化を志向している。しかしゲシュタルト療法は、これとは正反対だ。かけがえのない個人の存在を重視し、主体性を大切にする。健常者を含めて、精神的な発展や調和を目指すのである。
 筆者であるジンジャーは人間を、「身体的、感情的、知的、社会的、霊的という五つの次元」で見る。ゲシュタルト療法は、これらの統合的な調和を目指す。従順であるだけの適応ではなく、より高い次元での適応を目指すものと言えるだろう。
 また、ゲシュタルト療法はクライアントに対して、精神分析的(フロイト的)な一歩ひいた中立的な立場を取らない。また来談者中心療法(ロジャース流)の感情移入(エンパシー)という態度もとらない。ゲシュタルト療法では、セラピストとクライアントを対等な個人の交流と位置ずけて、共感(シンパシー)の姿勢で臨むのである。
 ゲシュタルトとは、全体性をもった、まとまりのある構造を示すドイツ語である。ゲシュタルト心理学は、人間を要素や部分で分析的に捉えるのではなく、常に全体として捉える。
 良く言われるのは、「今ここで」または「今どのように」という、ゲシュタルト療法の創始者パールズの愛用語である。過去の記憶を辿って深層心理を探るよりも、今をどう生きるかを重視する。考古学もどきの発掘作業を嫌うのである。ジャンジーの秀逸な表現を借りれば、「自分の家の一階で快適に暮らせるように居間を整えることの方が、地下室にうず高く積もったゴミ掃除に時間や労力をかけるよりも、優先に決まっている。」ということになる。
 ゲシュタルト療法の人間観やスタンスは、「精神分析」や「行動療法」と鋭く対峙するのだ。

創始者、フリッツ・パールズ
 本書では創始者パールズの生涯も紹介されている。
 フリードリッヒ・サロモン・パールズ(通称フリッツ)は、1983にベルリンのユダヤ人街で生まれた。父はワイン商、母はユダヤ教徒だったが、色恋にあけくれる父と母の間には諍いが絶えなかった。パールズは問題児だった。13歳で放校処分を受ける。その後、学業を再開。また、劇団に入り演劇に熱中する。第一次世界大戦で学業を中断し戦場に行く。前線では、毒ガスも浴び、負傷もした。戦後27歳で医学博士号を取得。神経精神医学の専門化となる。33歳の時に精神分析の仕事を開始。36才でローラと結婚。(ローラ・パールズも、今では有名なセラピスト)41歳の時、ナチスを逃れて南アフリカへ移住。精神分析研究所を創設し、大成功を収め裕福になる。なんと、自家用飛行機、家にはテニスコート、プール、アイススケートのリンクがあったと言う。第二次世界大戦後の1946年、53歳の時に、アメリカ、ニューヨークに移住する。そして、今言われる「ゲシュタルト療法」を開始したのは、58歳の時だった。1951年「ゲシュタルト・セラピー」を刊行。1952年以降、パールズは新たな方法をアメリカ全土に広めようと活動を始める。しかし、反響は少なく落胆する。心臓疾患を抱え(それでも1日3箱タバコを吸っていた!!)63歳になったパールズは、人生の終わりの場所をと思いマイアミに隠遁する。ところが、ここで32歳の女性と恋をして再び活力が湧く。ただし、この恋はすぐに終わる。そして、70歳にして世界放浪の旅に出、71歳で今度はサンフランシスコに移り住む。75歳の時、パールズに奇跡が起こる。世界的な思想潮流の中で、「ライフ誌」がパールズを紹介したのである。突如としてパールズは世界的な有名人として爆発的な人気を獲得する。この時、パールズに影響を受けた研究者は少なくない。そして1970年3月、心臓発作によってパールズの生涯は幕を閉じる。

■仮説に証明はいらない
 心理学、特に精神分析やカウンセリングという分野には面白い考え方がある。極端な言い方をすれば「仮説に証明はいらない」ということだ。どんな仮説であっても、それが臨床で有効ならば、それで良いのである。例えば「夢とは何か」という質問については、いくつもの考え方がある。潜在意識の表出、普遍的無意識、統合されないパーソナリティの断片、固執している体験、霊的な啓示、生物学的現象であり意味は無い、脳の自動調整プロセス、などなどだ。セラピストが夢を扱う時、どの理論を用いるかはセラピストに委ねられるのである。
 これは、夢の問題に限らない。何をどう解釈し、どの理論(仮説)を用いるのか。それは、かなりの部分でカウンセラーやセラピストに委ねられる。また、先にも述べたが、各流派の志向の違いによってもその振幅は違ってくる。ゲシュタルト療法では、各セラピストが実践を踏まえて独自の技法を作ることを奨励する。心理学の理論は基本的に仮説であり、それは証明ではなく、有効性によって評価されるのである。

■本書の特徴
 筆者、サージ・ジンジャーはフランスにおけるゲシュタルト・セラピーの先駆者である。この本は、多少難解な部分はあるものの一般人向けに書かれた本だ。ゲシュタルト療法を知るうえでは、まず最初にこの本を読んで、その哲学、歴史、技法の全体像を学ぶのが良いだろう。また、現在主流となっている精神科医療やカウンセリングに疑問を持っている人にもお勧めだ。さらには、現在そのような仕事に携わっている人にも読んでいただきたい。
 本書は、私が今年読んだ本の中で、文句なく「No.1」である。 内容はもちろんだが、フランス人ならではのエスプリの利いた文章も楽しめる。以下に本書の構成を紹介しておく。

第1章 ゲシュタルトとは何か?
第2章 生き身のセラピスト
第3章 フリッツ・パールズ −ゲシュタルトの父
第4章 自我の理論
第5章 ゲシュタルト教授法と社会的ゲシュタルト
第6章 脳とゲシュタルト
第7章 ゲシュタルトにおける夢
第8章 身体と感情
第9章 生の欲動:攻撃性と性行動
第10章 パーソナリティの概要図
第11章 ゲシュタルト・セラピーの20の基本概念
用語集