白井京月の読書ノート

2009年から2014年の読書メモ

ゴヤ

ゴヤ 1 スペイン・光と影 (集英社文庫)

ゴヤ 1 スペイン・光と影 (集英社文庫)

ゴヤ 2 マドリード・砂漠と緑 (集英社文庫)

ゴヤ 2 マドリード・砂漠と緑 (集英社文庫)

堀田善衛(1918−1998)の代表作と言って良いだろう。全4巻からなる長編評伝だ。
ゴヤ(1746−1828)の生きた時代。それはフランス革命を挟む近代の前と後だ。堀田は、スペインをアイデンティティを持たない国だという。ヨーロッパの辺境、過酷な自然と複雑な歴史。タイトルは「ゴヤ」だが、堀田が描いているのは、この時代そのものでもある。膨大な資料を丹念に調べて書かれた本書では、ゴヤに関する俗説や脚色された評伝の嘘を指摘し、ゴヤの実像が炙り出されてゆく。堀田の知的エネルギーには誰もが圧倒されるに違いない。
ゴヤは下層階級に生まれたものの階層を駆け昇り主席宮廷画家となる。なにも絵が特別に上手かったというだけではない。むしろゴヤは遅咲きの画家だ。ゴヤの凄さは、その汚いと言ってもよいであろう上昇志向の強さにもある。
当時のスペインの上流階級は、男女関係も含めて(中心にと言うべきか)実に複雑に入り乱れている。堀田は、それを丹念に書いている。それも、客観的かつ深い洞察に基づいて。
ゴヤの大きな転機の一つ。それは解釈の問題でもあるのだろうが、1799年2月に発売された版画集「気まぐれ」だと言えるのではないだろうか。それは実にスキャンダラスなもので、異端審問所が動き出す可能性すらあった。しかし、ゴヤは宮中に手紙を書き、この危機を乗り切る。なんというしたたかさ、そして運の強さだろうか。この頃、ゴヤは銅板に次のようなコメントを残している。「理性に見放された想像力は、ありうべくもない妖怪を生ぜしめる。理性と合体せしめたならば、想像力はあらゆる芸術の母となり、その驚異の源泉となる。」
本書には、あまりにも多くの事件、登場人物、作品が登場するので、その中から何かを選んで書くということは控えたい。ただ、当時のスペインの支配階級の中に「民衆への下降志向」があったことだけは書いておきたい。当時のスペインは、フランスやイギリスとは対照的に、まったくもって弛緩した国になっていたのだ。今の、どこかの国のように・・・。