白井京月の読書ノート

2009年から2014年の読書メモ

自壊する帝国

自壊する帝国

自壊する帝国

ソビエトの崩壊を誰よりも詳しく知っている日本人、いや革命に関わった日本人、それが佐藤優氏なのだろう。浦和高校から同志社大学の大学院(神学)を経て、外務省にノンキャリアとして入省。イギリスでの研修の後、ソ連日本大使館の外交官となる。この本は、入省(1985年)以降についてのノンフィクションだが、いかにして大物とのコネクションが出来上がって行ったかが克明に書かれている。国際政治という舞台での物語であるとともに、文学としても第一級の著作といえるだろう。
それにしても、佐藤氏はなぜそこまでの人脈を築いて活動することが出来たのか。それは強い目的意識や、仕事に対する責任感、熱心さなどではなく、なにか強い磁力に引き寄せられていたかのように思えた。しかし、もう少し考えてみると、なぜ彼が重要人物になったのか、その理由が見えてくる。外交官はインテリジェンスのプロとして情報を得るのが仕事だが、佐藤氏もまた、彼らにとって利用しやすい有益な人物だったのではないか。つまり、佐藤氏は以下の条件を揃え持つ、稀な日本人だった。
1.極めて有能であること。
2.個人の意思と判断で行動していること。
3.人間的に単純でわかりやすいこと。
近代日本の組織社会では、交渉相手と個人的に親しくなることはポーズとしてはあり得るても、一線を越えてはいけないというのは半ば常識であり文化である。しかし、佐藤氏としてはそんなスタンスでは正しい情報など引き出せないと考えたのか、嗜好あるいは信念の問題かは知らないが、個人的に濃厚な関係をどんどんと広げて行く。知力、語学力、さらにはウオトカやウイスキーを4、5本は飲めるという体質も人脈作りに貢献している。
マサルイデオロギーの力を知っているから」これは元ロシア共産党第二書記の言葉だ。ゴルバチョフ時代のグラースノスチ(公開制)によって、ロシアでは欲望の体系が変わった。つまり西側の大量消費という欲望の文化が広まった。ソビエトの自壊は、ゴルバチョフに起因するというのが定説となっているようだ。
本書には、ロシアの宗教問題、民族問題についても専門家ならではの情報が正確に記述されている。また、ロシアの政治家やインテリの本音と建て前、変節、苦悩の中身なども書かれている。国家が崩壊する時。それは、政治家もインテリ層も市民も、ただただ個人の生活に埋没する時だ。歴史には時に窓が開かる時期があるという。それは概ね3年程度。日本の窓も今は開いているようだ。自壊は止められない。ただ、うまく自壊して欲しいと願う。こういう時の立役者は、本質的な馬鹿か、偏狭な民族主義者が相場のようだが、果たしてどうなることか。「注意すべきは有能な敵である以上に、無能な味方だ」という諺もある。私はただただ観察するつもりだ。もちろん、日本脱出は重要なオプションとして用意しておく。
いろいろとメモしておきたいこともあるが控えよう。焦点がぼけてしまう。そう言えば「対話は可能か」という議論をした話があった。ふと思う。特権階級と一般人の間で対話は可能なのか、何の意味があるのか、と。一般人は特権階級を経済的側面でしか見ない傾向があるようだが、それは本質ではない。思考様式、行動様式、価値観がまるで違うのである。そこでの対話は、情報収集と貴重な思い出の交換のようなものであって、お互いの心情が交わることなど無い。もし交わるならば、それはお互いが別の世界の人間であるということを深く了解した時においてだ。
2011年。暑い夏がやって来る。