白井京月の読書ノート

2009年から2014年の読書メモ

超哲学者マンソンジュ氏

超哲学者マンソンジュ氏 (平凡社ライブラリー)

超哲学者マンソンジュ氏 (平凡社ライブラリー)

ニュートンはリンゴが落ちるのを見て万有引力を発見したというが、これは説明不足だ。その時ニュートンは考えた。リンゴは落ちるのに、なぜ月は落ちないのかと。
さて、ニュートンはご存じでも、ソシュールの名前を知らないという方もきっとおられるだろう。西洋哲学の歴史を塗り替えた人物。構造主義の祖。1916年、ソシュールの死後に出版された「一般言語学講義」こそ「ソシュールのリンゴ」だ。そう、人類が天国から追放された、あのリンゴを私達は食べてしまったのである。つまりそれは、シニフィアンシニフィエの知識を得たということ−言葉と事物が一体ではないことを知った−であり、真実が存在しないということを知ってしまったということである。
いや、そんなリンゴを食べた覚えは無いという人もいるかもしれない。しかし、街のどこかのレストランで、あるいは海外で、貴方はきっと「ソシュールのリンゴ」食べている。嫌いも好きもない。一度食べたら、それは体内に、いや脳内に蓄積され排泄されることはない。それほどに強力なものなのだ。
もっとも、哲学に興味がない、考えることは嫌いだ、異なる思想や宗教を持っているという人も多いだろう。しかし、現実の世界は、この思想の大きな潮流あるいは奔流の中で、もう何十年も悶え苦しむか、あるいは宴に酔い痴れている。ビジネスマンでも主婦でもニートでも、この程度の教養は欲しいところだ。
筆者マルカム・ブラドベリは「本書はまさに、構造主義ディコンストラクションに対する理解を深める機会を読者に提供するものである。」と豪語する。1991年5月20日の初版(単行本)を持つ私も、筆者が豪語するだけの作品だと思う。もっとも、理解を深める必要があるのかどうか、は別問題だ。
構造主義は、デカルトが打ち立てた「確固たる自己の概念」の感覚を打ち砕き息の根を止める。嘘ではない。私には自己の連続性などフィクションであり社会的約束事に過ぎないという確信がある。
ディコンストラクションは通常、脱構築ないし解体構築と訳される。確かに解体はされた。しかし、何が生まれただろうか。現在の世界は行き詰まっていると言えないだろうか。そこで期待されるのが、超哲学者マンソンジュ氏なのだ。しかし、今のところ彼の消息はわからない。いっそ私が「日本のマンソンジュ」を目指してみようか。なお、マンソンジュとは、フランス語で「嘘」という意味です。
※この本は小説です。それも、かなり面白い・・・。