白井京月の読書ノート

2009年から2014年の読書メモ

兄弟

兄弟 (文春文庫)

兄弟 (文春文庫)

なかにし礼。大作詞家にして直木賞作家。生まれは1938年の旧満州である。なかにし礼とその兄の話は有名だ。生涯働くことなく、借金を繰り返して豪遊の限りを尽くした兄。そして、その借金を返してまわった弟(なかにし礼)。この兄弟を結ぶ絆とは何だったのか。
私がこの本を読んだのは数年前の新幹線の中だった。その時の私は、このどうしようもない兄に嫉妬したようにも思う。さて、今の私はどうか。私は、兄の絶望の深さに悲しみを覚えるしかない。
この小説は、その構成から文章の細部に至るまで第一級のものだと思う。歴史的な背景も読める。そして、人間の性や情が鮮やかに浮かび上がる。本書は、兄弟の半生という物語を超えて、文学として生きている。内容に触れるのはやめておこう。楽しみが減ってしまう。
私はなぜか「官能をしらない人は芸術家にはなれない」という言葉と「芸術家は旅をしなければいけない」という言葉を思い出した。これは芸術家に限られるものなのだろうか。生きることと、人との絆。できれば、もう一度読み返して、味わいなおそうと思う。