白井京月の読書ノート

2009年から2014年の読書メモ

こころの格差社会

筆者、海原純子(うみはら・じゅんこ)氏は心療内科医、大学教授であり、歌手でもある。この本は氏の渾身作にして快心作と言えるだろう。日本社会の「勝ち組のゆううつ、と、負け組のいらだち」を分析し、コミュニケーション不全の理由を丁寧に説明する。そして、明快な処方箋を提示する。勝ち組も、負け組も、およそ日本社会に関心のある人、さらに現代日本人を知る必要のある政治家や企業のマーケッターにとっては必読と言っても良い。勝ち組と負け組の心理の違いを知らなければ、重要な点を見落としていることになるからだ。
書評のタイトルは迷いに迷った。他者に対し「謙虚になれ」と言うほど不遜な事はない、と思っているからだ。そして、「あげ底勝ち組」という言葉も、どうしても使いたかった。反発を覚悟で「『あげ底勝ち組』よ、謙虚になれ」という刺激的なタイトルにしたのだ。何も上から目線で謙虚になれと言っているのではない。誤解しないでいただきたい。
さて、「あげ底勝ち組」とは何だろうか。それは、高学歴で実績主義の中を生きている人たちのことだ。本人は競争の中で努力したという通過儀礼を経ているために「自分の力」でパスポートを手に入れたと思っている。しかし、実は、親の職業、収入、社会的地位といった財産があってのことだという点を見落としがちだと、海原は指摘する。そして、これを「あげ底」と表現する。勝ち組は、まずこの事実を認識すること、次に、自らに条件や体力があったということに気がつくことが大事なのだ。そして、以下のような「勝ち組の作法」を示す。
 1.勝ち組はつねにきき役に徹すること
 2.負け組の無念に共感できる勝ち組であれ
 3.勝ち組は決定する前に相談せよ
 4.勝ち組は組やチルドレンを作るなかれ。利己的カリスマになってはいけない
一方で負け組には、以下のようなアドバイスをする。
 1.勝ち組の「透明なあげ底」を妬むより自分の「見えない天井」を破るべし
 2.緊急避難はほどほどにすべし
 3.何をやっても長つづきしないのは本当はむいていないことをしているから
 4.勝ち組と同じ土俵にあがる必要はない
まったくその通りだと頷くしかない。負け組が勝ち組の書く「成功本」に貢ぐというビジネスモデルは何とも痛ましい。
また、筆者は日本では「自己実現」についての根深い誤解があるという。賞賛や地位を求めての努力では、自己実現は出来ないのだ。マズロー的に見るならば、これらの人は未熟な発展途上人なのである。
本書で示される、いろいろな事例や洞察は必ずどこかで役に立つだろうと私は思う。新書ではあるが、この本は私の座右の書だ。私もまた、もっと謙虚にならなければいけない。