白井京月の読書ノート

2009年から2014年の読書メモ

サブリミナル・インパクト

サブリミナル・インパクト―情動と潜在認知の現代 (ちくま新書)

サブリミナル・インパクト―情動と潜在認知の現代 (ちくま新書)

筆者の下條信輔氏は1955年生まれ。現在はカリフォルニア工科大学の教授であり専門は認知心理学である。
本書は「快」や「情動」を認知心理学の立場から考察するに留まらず、それらを現代という文脈の中で位置付け、さらには現代社会の問題点を抉るとともに、「新しい人間観」を求めようとする筆者の思考の軌跡のようだ。
私達は理性的、合理的の行動する近代的な「個人」などではなく、「情動」に、そして「快」という内部報酬に潜在的に支配された存在だということを自覚しなくてはいけないと筆者は警告する。現代は過剰な刺激という特徴を持っている。そして、進化は法則として暴走し、極端な状態となる。筆者は現代を「感覚文化」と呼ぶ。そして、この感覚文化が、危険で刺激的なエッジへと加速度的に突き進んでいると見る。
本書では、大衆誘導の技法が単純明快に示されている。それは、「1.選択肢を狭めること」、「2.潜在意識に入り込み情動から誘発すること」、「3.操作に気づかれないようにすること」の3段階だ。これを、情動系/報酬系の引き金を直接引くやり方と呼ぶ。なぜ、広告に有名人が用いられるのか、広告において風景はどうあるべきか、物語の効果とは何か。それらの疑問が科学的に明らかにされて行く。
特に、「エピソードや物語というものは、情動に特化してアピールできる仕掛けであり人類が発明した一種の装置だ」という解釈は、科学者として当然の態度とはいえ、なかなか言い切るには勇気のいる発言だ。(なぜならば、物語などオカルトだと言っているのに等しいのだから)なお、潜在記憶は消すことが出来ないという特徴を持っているという点も知っておくべき知識だと言える。
マスメディアと大衆誘導技術の発達が、潜在認知というパンドラの函を開けてしまった現代において、近代社会が理想とする「自由で責任ある個人」が揺らいでいる、と筆者は言う。そして、そのような攻撃から個人を防衛するためには、まず、情動と潜在認知の仕組みを知ることが重要であると。しかし、果たしてそれだけで自由を守れるのだろうか。筆者も指摘しているように、近年、合理的な判断者としての人間像に対する猛烈な反省と批判が、あらゆる科学の分野で行われている。情動的、感性的なものの優位が明らかになったからだ。大衆は容易に支配できる。そして、私達は現代において大衆である以外の選択肢を持たない。あるとすれば、それは社会的不適応者と呼ばれることになるのではなかろうか。もし、理性を行使できるとするならば、自らが意識的に「感覚文化」にハマらないことであり、あるいは「快」にハマらないことだ。現代という「情報過剰な時代」に求められているのは「情報と情動についての基礎知識」だ。本書は「大衆支配の技法」を明らかにすることによって、それらに対する注意を喚起している。