「私」を生きるための言葉
- 作者: 泉谷閑示
- 出版社/メーカー: 研究社
- 発売日: 2009/03/25
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- 購入: 4人 クリック: 28回
- この商品を含むブログ (3件) を見る
筆者は現役の精神科医である。それも、今どき薬物療法を用いないというスタイルでだ。私が筆者を知ったのは、ダイヤモンド・オンライン(web)の『「うつ」にまつわる24の誤解』というコラムによってだ。実に深く、明晰で、面白いと思った。
さて、本書のテーマは、精神科医療に特化したものではない。むしろ社会的なものだ。
筆者はまず、「大衆人=0人称=世間」、と、「個人=1人称=社会」を対比する。ここまでの議論は、阿部謹也、夏目漱石、オルテガ、森有正等を読んでいる読者にはやや退屈かもしれない。もっとも、阿部謹也は日本人に世間で生きることを勧めたわけだが、筆者は1人称で生きることを強く主張する。
さらに、1人称の成熟した形として、「超越的0人称」という独自の用語を用いる。これは、漱石の「則天去私」に近い概念だ。
筆者の見解は、もはや「世間という0人称」では、グローバル化の時代には通用しないという事である。ここからは、私の推測だが、筆者は心の病を0.5人称の状態と捉えている。現在の精神科医療の主流は、それを0人称の世界に押し戻すことのようだが、筆者は1人称への脱皮を促すのである。もっとも、私には大多数が1人称であるような世界は想像できないし、欧米ですら完全な1人称の世界であるとは思えないのだが。
なお、副題は「日本語と個人主義」となっている。注目の論客であり、次作が期待される。