白井京月の読書ノート

2009年から2014年の読書メモ

現代福祉国家の国際比較

現代福祉国家の国際比較―日本モデルの位置づけと展望

現代福祉国家の国際比較―日本モデルの位置づけと展望

本書の初版は、1997年。私が持っているのは2001年の第6刷。論文執筆の参考文献として、2002年に購入した。一読して、まず驚いたことは、福祉の国際比較という分野が予想以上に未開拓で、数字での比較すら困難を極める状況にあるということだ。経済一般についての、SNA(国民経済計算)のようなものは、福祉に関しては存在しない。本書は、その意味でも貴重な本であり、読みやすく、分かりやすい。章建ては以下のようになっている。

 序章 現代福祉国家の国際比較
 第1部 家計構造の国際比較
  第1章 生活の豊かさと家計構造
  第2章 勤労者の家計収入と貯蓄
  第3章 日本の所得分配と再分配政策
 第2部 生活保障政策と福祉国家の国際比較
  第4章 生活保障政策の国際比較
  第5章 児童支援政策の国際比較
  第6章 ワンペアレント・ファミリーの生活保障
  第7章 現代福祉国家の類型論と日本の位置
  第8章 現代福祉国家の動態論と日本の特徴
 終章 国際的視野からみた日本モデル

10年前の本ではあるが、国際比較のフレームを理解し、OECD各国を知るうえでは有益だろう。また、福祉制度の考え方を理解するうえでは、「福祉の公共哲学」(東京大学出版会、2004)が重要と思われる。さて、日本の特徴とは何なのか。長くなるが重要なので以下、引用する。

 まず、国際比較的にみたわが国の勤労者家計収入の特徴は、次の3点に要約できる。
 1)勤め先収入、とくに世帯主の勤め先収入の割合が高い。
 2)財産収入および社会保障給付の割合が低い。
 3)勤め先収入や財産収入、社会保障給付の年齢別勾配が急勾配となっている。
 つまり、世帯の経済的基盤が長期にわたって<企業>に依拠する度合が強く、しかも、そのかかわりに占める<男性世帯主>のウエイトが高いわけである。他方、少なくとも社会保障を通じての<国>への依存度合は、ドイツ、イスラエル、イギリスに比べて低く、また、<世帯間相互扶助>は、韓国、台湾に比べて希薄である。
 また、わが国の勤労者家計にとって、社会保障給付がきわめて限定的・マイナーな意味しかもっていないという実態が明らかになった。実収入そのものが、わが国では急勾配の年齢格差をもっているが、とりわけ若い現役勤労者世帯にとっては、社会保障の恩恵を受けるのは、長期の拠出期間を終えての遠い将来のこととして留保されている。ドイツでは、児童手当と雇用促進給付を二本柱として、現役勤労者世帯が社会保障給付の恩恵を受けているのと対照的である。

さて、2009年現在では、どうなっているだろうか。言うまでもあるまい。急勾配の年齢格差が徐々にフラット化してきているのだ。これでは、40代、50代の世帯の生活は必然的に苦しくなる。そして、それを見ている、20代、30代の人たちは、結婚や子づくり、あるいは家の購入を控えるといった行動をとりはじめている。社会保障の制度も実態も変化している。そうした中で、私たちは言葉や気分に踊らされることなく、背後にある「考え方」と、現実の「実証」を両輪として持たなくてはいけない。端的に言えば、自分自身の立脚点が、保守なのか、リベラルなのか、リバタリアンなのか、コミュニタリアンなのか、根なし草なのかを、しっかりと見定めないといけないのだ。この区分が分からなければ、今の世界も、政治も、そして経済もまた理解できないだろう。
本書でも触れられている「ワークフェア」(福祉の受給には、労働ないし、職業訓練を義務づけるという考え方)は、そのお膝元であるアメリカですら曲がり角を迎えているように見える。一方で最近の日本では、「ベーシック・インカム」(国民全員一律に基礎所得を給付する制度)が話題となっている。今後は、これらに関する本も取り上げて行く。
マスメディアの情報では薄すぎる。かといって、学術論文をネット上であるいは学会に入って読むわけにも行かない。そういう市民にとって、こういった専門書の単行本は重要であり、貴重な存在だ。筆者の埋橋孝文(うずはし・たかふみ)氏に深く感謝する。